meets

目黒・五反田エリアで活躍される方々と、MEGURO MARCのプロジェクト関係者の対談企画です。
働き方や暮らし、学びなど様々なテーマで議論を行っていきます。

都心では原始的な自然以上に、 人間の手入れで長く維持されてきた 里山的な自然がとても大切。

国立科学博物館附属 自然教育園
広報・企画 / 下田彰子氏
DOMINO ARCHITECTS /
大野友資

MEETS MEGURO MARC #03

今回のゲストは、国立科学博物館附属 自然教育園で広報や展示の企画などを担当する下田彰子さん。MEGRO MARCで共有スペースの空間設計やランドスケープデザインを担当する建築家の大野友資さんが聞き手役となり、目黒から徒歩9分という立地にありながら今なお多くの自然が残る自然教育園の魅力について語っていただきました。

大野:
最近、北海道の磐渓エリアの森林で牧場の設計をしたんです。そこは山の中に馬や牛を放し飼いしているのですが、彼らが蹄で歩くことで土が耕されたり、生い茂る笹を食べることで埋もれていた多種多様な種が芽吹いたり森林の生態系の循環や再生を期待する実証実験も兼ねていて。経験豊富な地元の植木屋さんに北海道の森との付き合い方、使い方を教えてもらって、そのときに植生管理について勉強したので、大都市の中にある自然教育園の植生管理にすごく興味があります。植物園が好きでプライベートでも何度も来ている場所なので、今回直接お話を聞くことができてとても嬉しいです。
下田:
自然教育園は国の天然記念物に指定されているのですが、“天然記念物”というと人の手を加えてはいけないというイメージを持っている方が案外多いんですよね。原始的な自然ももちろん大切ですが、それと同じか、都市であればそれ以上に、人間が手を入れることで長く維持されてきた里山的な自然というのが実はとても大事になってきます。
大野:
園の名前が「自然園」ではなく「教育園」となっているところが面白いと思ったのですが、意図的に付けられているんですか?
下田:
そうですね。自然教育園は「天然記念物の保護」「自然教育の場としての活用」「調査研究」という大きく3つの目的があります。なかでも都心では自然教育の役割というのが今後大きくなるだろうと考えて、文部省に移管された時に名付けられたのだと思います。実際に学習支援活動として、自然史セミナーや日曜観察会、親子で楽しむフィールドツアーといったイベントも定期的に開催していたり、地域の小学校にも校外学習の場として利用されています。
大野:
僕が植物に興味を持ったのは大人になってからなんですが、そのきっかけが植物園でした。植物園は貴重な品種に出会えたり看板で知識を蓄えたりと、普段本や図鑑で見ていた植物の“実物”を見られる場所として巡っていたのですが、園の出口を出た後も街路樹やその下に生えている雑草、石垣の目地から覗く草など、道端の植物も気になるようになって。動物園と違うところは、植物は日常にも同じ状況があるところで、園内と外で連続している感じにすごく惹かれました。その面白さに気づいてからというもの、国内・海外問わず出張先にある植物園や自然園には必ず立ち寄るぐらい魅了されています。
下田:
私もその継続性に惹かれてここで働くようになったので、すごくわかります。植物って動物よりも身近な存在で、ここでもできるだけ素朴な自然をイメージできるようにと植生管理を徹底しているんですよ。たとえば足下の草をあえて少し刈り残してタネがくっつくようにしてみたり、枯れ姿が面白いものはそのまましばらく残してみたり。
大野:
そんな工夫が施されているんですね!
下田:
ひっつき虫型の種子は、運んでもらうために人や動物に付着しやすい構造をしていて、日常の中でも人がよく通る場所に多く生えていることを知ってもらいたいという思いがあって。倒木もそう。人が入らない場所に倒れたものは、朽ちていく様子をみてほしいという思いからそのまま展示として残しています。
大野:
きのこ生えるかなと想像しながら眺めるのも楽しいし、もしも生えたのを見かけたら嬉しくなりますね。隣にある大きな木は、どんぐりが食べられるスダジイですか。
下田:
そうです。自然教育園のキャラクター「スダ爺」のモデルになった木でもあります。横の土塁は室町時代に豪族がこの地に館を構えた際に外敵や野火を防ぐために築いたと言われていて、当時の遺跡の一部と考えられています。シイの木はその土塁の上に植えられたもので、樹齢は250〜300年と推定されています。
大野:
ここは極相林(*)になるんですか?
下田:
たしかにスダジイは極相林を構成する木ですが、明治時代はここが軍用地だったこともあり、比較的最近まで園内には人の手が入っていました。今手を入れていないエリアでもまだ極相林にはなっていないですね。
大野:
手を入れていないエリアというのは園全体でどのくらいあるのでしょう?
下田:
85%ほどです。中期的な園の活動の指針として「保存活用計画」というものがあって、人の手を入れて里山的な多様な生き物が生息できる環境を作るエリアと、手を施さないエリアをゾーニングしています。手を加える15%の敷地は3人の職員で管理しています。
大野:
15%といっても3ha(東京ドームおよそ1個分)はありますよね。それを3人で! 具体的にはどのような植生管理をされているんですか?
下田:
植生遷移により明るい草地から暗い森へ変化するとそこに見られる動植物の種類は減ってしまいます。なので草刈りをして植生を一定に留めたり、減少傾向にある植物の苗を種から育てて捕植をしたり、さらに作業後も動植物にどう影響したのかを観察し続けながら目標の状態に近づけることをしています。それ以外にも来園者に危険が及びそうな枝を切ったり、園内を歩きやすいよう整備したりと、自然だけでなく人を守る安全管理も行っていますね。
大野:
園内は奥の花が見やすいように雛壇のようになっていたりと、空間的にもデザインされていますよね。
下田:
そうなんです!来園者が立ち止まって写真を撮るポイントは手前の草を低く刈ったり、知ってほしい知識がある場所には看板を立てたりもしているんですよ。
大野:
園内にある看板はどれも内容が興味深くて読み込んでしまうのですが、なかでも面白いと思った看板が「都心に増えるシュロ」というものでした。もともとシュロは中国原産の亜熱帯性の植物だったのが、近年の暖冬により冬超えできるようになって野生化した、と。昔は周辺の民家から鳥がシュロの種を運んできたとの記述もありましたが、そういった園の外に出た研究などもされているんですか?
下田:
国立科学博物館の研究拠点は筑波にあるのですが、そこの研究者の中にも、自然教育園と他の都市緑地の両方を調査されている方もいます。
大野:
NYに『ハイライン』という、高架跡地を再開発して緑化した空中庭園があるんです。ピエト・オウドルフというランドスケープ・デザイナーが手がけていて、多様な植物が配置されていてそこの植物ももちろん面白いんですが、高架下の橋脚のあたりにNYの他のエリアでは見られない植物が生えてきたりするそうなんです。そういうちょっとした生態系への影響やゆるい繋がりがすごく魅力的に感じて。なので自然教育園があることで、この近辺にも、本来であればこのエリアでは見られないような植物が生えていたら面白いなと思ったんですよね。そういうことって起こりうるんですかね?
下田:
大きな緑地として種子の供給源にはなっていますし、動物は移動するので、周囲の植生や生態系に影響を与えるというのは十分あり得ると思います。
大野:
MEGRO MARCとここは、鳥が行き来する活動圏内だと思うんですよね。なので、自然教育園を拠点として周辺エリアの動植物を観察しながら歩けるお散歩マップがあると面白いですよね。「道草」見どころマップとか。季節によって出会える植物も違うと思うので。
下田:
それはいいですね! 是非やりたいですね。
大野:
植物を観察したり、自分でも育てたりするようになって、自分の中で時間の捉えかたが変わってきていることに気づきました。植物園で見える景色は、季節によって全く違いますし、下手したら1ヶ月どころか一日でも違う。いろんな景色がいろんな周期で循環していくので、時間を真っ直ぐ感じるというよりは、円で感じる。いま見えていなくても、きっと地面の下で芽吹く準備をしているんだろうなとか。観察したり、勉強したりすると想像ができるようになるので、知れば知るほど面白くなります。植物の形態や匂い、味、生態系での生存戦略など、ミクロ・マクロ問わず興味はつきません。
下田:
大野さんのおっしゃる通り、自然というのは目に見えない部分がすごく大きくて、たとえば生き物との繋がりには形も関わっていて、すごく巧妙な仕組みで生きているんですよね。
大野:
この「千両(センリョウ)」と「万両(マンリョウ)」もそうですよね。一見同じ仲間に見えるけど、センリョウ科の千両は上に向かって実がついていて、ヤブコウジ科の万両は下に向かってついている。だから千両のほうが鳥に食べてもらいやすくて広範囲に繁殖しやすそうだと想像できる。
下田:
実は「一両(アリドオシ)」「十両(ヤブコウジ)」「百両(カラタチバナ)」もあるんですよ。一両だけここには生育していないんですが、知識を持っておくとじゃあ一両もコンプリートしに行こうかな、と見つけにいく楽しみが広がりますよね。植物って動けない分、季節の変化などにもうまく適応しているので、そこの面白さをわかってくださってとても嬉しいです。
大野:
やっぱり下田さんのように実際に働いている方のお話を聞きながら園内をまわるのは贅沢で最高に面白いですね。MEGURO MARCからも徒歩圏内なので、住まれる方にはここに散歩をしにきたり、観察会に参加したり、ぜひ楽しんでもらいたいです。
下田:
一度来ていただくとファンになってくださる方も多いんですが、まだまだ知名度が低いのが現状で。目黒にこれだけ多くの自然が残っていることをたくさんの方に知っていただけるように、私たちも園外のコミュニティをもっと広げていけたらと思います。

(*)林が時間とともに変化していくことを遷移(せんい)といい、遷移が進んで変化の少ない安定した林のことを極相林という。
—--園内の林は、1950年ごろにはまだ若いマツ林だった。しかし自然教育園になって下刈りなどの手入れをやめると、ウワミズザクラ・イイギリ・ミズキなどの落葉樹や、スダジイ・タブノキなどの常緑樹がマツ林の下で育ってきた。1963年ごろには、マツは下から育ってきた落葉樹の高木に光を奪われて枯れ始め、今では落葉樹も、成長が遅かった常緑樹が高くなるにつれて下枝などが枯れ始めている。やがてこの林は、長い年月の間に、スダジイなどの常緑樹林へと変わっていく。(園内看板より)

下田 彰子さん

下田 彰子さん

国立科学博物館附属自然教育園 広報・企画担当
1976年大阪生まれ。横浜国立大学大学院で植生学を専攻。環境コンサルタント会社、株式会社セルコ勤務を経て、現職。学習支援・展示の企画や広報のほか、園内の植物調査や観察会講師を担当。都心に奇跡的に残された、この自然教育園の森の魅力を多くの人に知ってもらいたく、日々奮闘中。

大野 友資

大野 友資

DOMINO ARCHITECTS代表/FICCIONES所属/東京藝術大学非常勤講師/一級建築士
1983年ドイツ生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。カヒーリョ・ダ・グラサ・アルキテットス(リスボン)、ノイズ(東京/台北)を経て2016年独立。2011年より東京藝術大学非常勤講師、2023年より東京理科大学非常勤講師を兼任。